攻防の模様
今回は中世以降の外壁リフォームについて述べることにします。
『太平記』には楠木正成が金剛山に北条勢を迎え撃った攻防の模様を次のように叙しています。
まず巻三赤坂城では、・・・城の有様を見遣れば俄に謝やたりと覚えて、はかぐしく堀をもほらず、僅に屏一重塗て、方一二町には過ぎじと覚えたるその内に、櫓二三十が程掻隻べたり。
(中略)・・・堀一重に屏一重塗たれぽ、如何なる鬼神が籠りたり共・・・(中略)・・・四方の屏に手を懸、同時に上越んとしける処を、本より屏を二重に塗て、外の屏をぽ切て落す・・・(『日本古典文学大系』による。
以下、『太平記』の引用はすべて同書による。
なお同書では『太平記』の成立を一応、応安四と楠木勢の奮戦を活写する。